インターネット言語学情報
          月刊『言語』大修館書店 2001年1月号掲載

言語権と英語公用語化論


 言語権 language rights /linguistic (human) rights の定義はいろいろあるが、おおまかに言えば、すべての人が自分の言語を話し、公的な場で使用し、また学校などの教育機関で学びかつ教えることができる権利をさす。言語権については、本誌1998年5月号の本欄ですでに取り上げられているが、当時は当時の状況を反映して海外のサイトの紹介が中心であった。しかし、この2年間で日本の情勢も大きく変化した。公然と英語公用語化論が語られるようになったのである。小渕元首相の私的諮問機関である「21世紀日本の構想懇談会」が1月18日に提出した最終報告書が引き金を引いたことは間違いない(http://www.kantei.go.jp/jp/21century/index.html)。突如として、我々は何語を話すべき(学ぶべき)かという問題が浮上したのである。本誌も今年の8月号で公用語の特集を組んでおり、前述の試問機関のメンバーでもある船橋洋一氏が英語公用語化推進の立場から寄稿している。試しに検索エンジンinfoseekで「英語公用語」をキーワードに検索してみると943件のヒットがあった。この問題への関心の高まりを反映していると見てよい。

 言語権という新しい概念は、徐々に日本でも定着しつつある。1999年にはこの概念を日本では初めて正面から扱った、言語権研究会編『ことばへの権利 : 言語権とは何か』(三元社)が刊行されている(http://w3.mtci.ne.jp/~sangen/all/index/061.html)。また法律の分野でも、鈴木敏和『言語権の構造 : 英米法圏を中心として』(成文堂、2000)が出版されたばかりである。関連図書としては、田中克彦他編『言語・国家、そして人権』(新世社, 1997)、三浦信孝編『多言語主義とは何か 』(藤原書店, 1997) も刊行されている。

 2000年10月現在、検索エンジン infoseek で「言語権」をキーワードとして検索すると、国内で86件のヒットがある。まず初めに東北大学の後藤斉氏のページ(http://www. sal.tohoku.ac.jp/~gothit/diversity.html)からスタートしよう。少数言語と言語権に関するリンクが張られている。「言語の権利に関する世界宣言」(http://www.tooyoo.l.u-tokyo.ac.jp/linguistics/ichel/udlr/udlr-j.html)と、アメリカ言語学会の LSA Statement on Language Rights (http://www.lsadc.org/langrite.html)は今でも基本資料となろう。

 国立民族学博物館の庄司博史氏を発起人とする「多言語化現象研究会」(http://www07.u-page.so-net.ne.jp/tg7/nakano/) のページを見ると、すでに過去に6回実践的な研究会を開いていて、地道な取り組みの跡がうかがえる。

 国内での言語権の概念の浸透を物語るように、言語権を取り上げた論文も増えている。一橋大学福地俊夫氏の修士論文「言語権に関する理論的考察」(http://www.asahi-net.or.jp/~yh8t-fks/shuron.html)は、言語権という概念の歴史とその形成をていねいに跡づけた労作で、今後参照されるにふさわしい論文である。

 金沢大学の粕谷祐己氏の「フランス語と日本 - 「英語支配への異論」と国連紹介書」(http://web.kanazawa-u.ac.jp/~kasuya/francais_Japon.html)は、津田幸男氏の『英語支配への異論』(第三書館)に現れたフランス語の微妙な位置づけを問題にして、英語と日本語という2極的視点の陥りやすい罠の存在を明らかにしている。

 後藤文彦氏の「英語崇拝からの脱却」(http://plaza22.mbn.or.jp/~gthmhk/eigo.html)は、題名が示すとおり英語崇拝批判の論陣を張っているが、国内の方言やエスペラントからの視点が注目される。

 最後にヤマダカント氏の少々過激な「言語帝国主義分類試論」(http://www.geocities.co.jp/HeartLand/2816/harenti.html)を覗いておこう。