言葉に憑かれた人たち - 人工言語の地平から4

   文字は事物を正しく表わすか

 かなの秘密に気づいた日

 私は旅行するときには、旅日記をつけることにしている。どこに行き、何を見て、何を食べたかという旅行の記憶は、数年経つと驚くほど薄れてしまうものだ。大きな旅行のときには、ノートを一冊持っていく。数日の旅行のときには、部屋に備え付けのホテルのメモ用紙に走り書きして、家に帰ってから清書する。このように記憶を長期間保存しておくことができるのが、文字のおかげであることは言うまでもない。

 習慣となった旅日記の効用で、日付まではっきりしているが、それは一九八九年四月四日のことであった。復活祭の休暇を利用して、車でスイスとイタリアの旅に出ていた。早朝ルツェルンの町を出立して、高速道路二号線に乗り、一路南をめざす。正面にはアルプス山脈がそびえている。一七キロもあるサン・ゴタールのトンネルを抜け、マッジョーレ湖をめざしていた。マッジョーレ湖には、イゾーラ・ベッラという島があり、島全体が澁澤龍彦先生ご推薦のバロック庭園になっていると聞いてのことである。ところがあいにくバケツをひっくり返したような雨に見舞われた。あたりはすでに薄暗くなり、その日の宿を探す時間である。やむなくパヴェーノという町のボー・リヴァージュというホテルに泊まることにした。

 夕食を済ませてロビーでくつろいでいたときのことである。当時五歳だった娘が、日本にいる祖母に絵はがきを書いていた。娘は就学前だったが、ひらがなの読み書きはすでにできたので、絵はがきにつたないひらがなで何か書いていたのである。そこへ、イタリア人の中学生とおぼしき団体が入ってきた。東洋人の子供は珍しいのだろう、私たちを取り囲んで、「この子は何をしているのか」とたずねてきた。「日本にいるおばあちゃんに手紙を書いているのだ」と答えたところ、こんな小さな子供が手紙を書けるのかとみんな驚いた様子であった。

 そのとき、私の頭に何かがひらめき、あることを理解した。それはこういうことである。日本語では、かなの五十音を覚えれば、話している言葉をすべて字で書くことができる。もちろん「かなづかい」の決まりがあるので、それを十分に理解していない子供は、「私は」を「わたしわ」と書いたり、「お父さん」を「おとおさん」と書いたりするが、それに目をつぶれば書けないことはない。それは、かなが「母音」または「子音プラス母音」を表わす音節文字だからである。世界的に見て、このような音節文字を使っているというのは、非常にめずらしいケースである。日本語は「子音プラス母音」からなる音節を基本的な単位としており、かなはこのような日本語のしくみに適した文字なのである。

 一方、ヨーロッパの言語ではラテン語に由来するアルファベットを使っているものが多い。アルファベットは二六文字あり、大文字と小文字を別々に数えても、五二文字である。しかし、この五二文字を覚えれば、日本語と同じようにすらすらと文章が書けるかというと、さにあらず。それだけでは、ひと言も書くことはできない。英語に例を取ると、「見る」はseeだが「海」はseaであり、「ベッド」はbedだが「頭」はhedではなくheadであり、「噛む」はbiteだが「戦う」はfiteではなくfightであり、前置詞の「…のために」はforで、数字の四はfourで、物の「前部」はforeであることを、ひとつひとつ覚えなくてはならない。だからアルファベットを使う言語を話す子供たちは、小学校に上がると、綴り字の習得に膨大な時間をかける。そうしないと、まともに文章を書くことができないからである。かなを使って絵はがきを書いていた私の子供を取り囲んだイタリア人の中学生が驚いたのには、このようなわけがあったのである。

音と文字はどう関係するか

 かなもアルファベットも、音を表わす表音文字であることには変わりない。どこがちがうかというと、かなが一文字で「子音プラス母音」からなる音節を表わすのにたいして、アルファベットは[i] [o] のように母音だけか、[b] [s] のように子音だけを表わす単音文字(あるいは音素文字)だという点がちがう。

 ではなぜ日本語は音節文字を用い、ヨーロッパの言語は単音文字を用いるのか。日本語は音節の種類が非常に少ない言語だからである。金田一春彦先生によると、日本語の音節は一一二種類しかない。だから、かなの五十音と、濁点・半濁点の補助記号で十分に表せるのである。では英語では音節の種類はいくつあるのか。誰も知らないという。一説によれば、三万とも八万とも言われている。数に大きなひらきがあるのは、誰も本当に数えたことがないからである。誰も数えたことがないのは、手間と時間がかかるわりには、やり遂げても誰にも褒めてもらえそうもない仕事だからである。町の数学者が紙と鉛筆で円周率を何百ケタまで計算したというのと、ちょっと似ているかもしれない。

 このようにたくさんある音節のひとつひとつに異なる文字を用意したら、三万とか八万とかいう文字を覚えなくてはならない。これはとてもできた相談ではない。しかし、英語でも[i]とか[k]とかいう単音(音素)は四五しかない。だからヨーロッパの言語では、音節単位ではなく単音単位の文字を使うのだ。しごく合理的である。

 もちろん日本語では、日常に文章を書くのに、かなだけを使うわけではない。言うまでもなく、今日では「漢字ひらがな混じり文」が、標準的な書き方である。漢字は音のみを表わす表音文字ではなく、文字自身が意味を表わす表意文字である。漢字は字形が複雑で、数も読み方も多い。だから日本語を学ぼうとする外国人にとっては大きな障害であり、日本にキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエルは、日本語を悪魔の言語と呼んだほどである。よその国の言葉をつかまえて、悪魔呼ばわりするのはどうかと思うが、まあそれだけ苦労したということなのだろう。

 漢字の数の多さと複雑さは、しばしば日本語の欠点として取り上げられてきた。明治維新を迎えると、文明開化の掛け声のもと、それまでの旧弊を否定する世の中の流れのなかで、漢字廃止を唱える人が出てきた。トップバッターは、郵便制度の創始者で、一円切手に肖像を残した前島密である。大政奉還の前年の一八六六年に、時の将軍徳川慶喜に「漢字御廃止之議」と題する建白書を出している。その趣旨は、「我が国では複雑な漢字の習得に多大な時間を要し、ほんとうに学問する時間がなくなっている。漢字は教育の普及のさまたげであるからこれを廃止し、西洋諸国のように音符字(仮名字)を用いるべきである」というものである。これを皮切りに、漢字を廃止してひらがなを採用すべし、いやカタカナがよい、ローマ字にすべきだ、いやこの際まったく新しい文字を作るのがよい、日本語そのものをやめて国語を英語にせよなどと、かまびすしい議論が起きることになる。いわゆる国語国字問題である。カナ文字論者のなかでは、ひらがな派とカタカナ派が対立し、ローマ字論者のなかではヘボン式と日本式が対立した。ひらがな派だけを取っても、明治一六年に発足した結社「かなのくわい」の内部では、採用すべきかなづかいについて意見が合わず、会のなかに雪月花の三部会を設け、機関誌も別々に発行するという混迷ぶりであった。かな文字論者であるから、この三部会も「ゆきのぶ」「つきのぶ」「はなのぶ」と称した。字面だけを見ると優雅で微笑ましく、宝塚歌劇団か人気テレビゲームの「サクラ大戦」のようにも見えるが、当人たちはいたって真面目で、おそろしく戦闘的なのである。

 このように四分五裂する漢字廃止の動きをたどると、一八八〇年にドイツ人シュライヤーが考案し、エスペラントより前にある程度の成功を見た人工言語であるヴォラピュックが、やはり内部の意見の対立から、二〇年もたたないうちに消滅していったありさまとよく似ている。ヴォラピュックの場合、発案者シュライヤーの因業な性格にも原因があったようだが、それだけではあるまい。どうも人は、自分たちが話している言葉の話題になると、異常に熱くなり、他人の意見を認めない排他的な態度を取る傾向があるようだ。このことは、『知的生産の技術』を書いた梅棹忠夫先生も、つとに指摘しておられることである。いわく、国語国字問題に熱心な人にはファナチックな人が多く、国字の改良に入れ込む余り、「妻帯もみあわせ、老母もまきぞえにし、職業もなげうち」という人もいたそうだ。いやはや、単なる文字の問題とはいえ、これでは命がけである。

 

文字はことばを写す道具か

 当時の日本における文字と国語の改革をめざす議論をながめていると、きわだった特徴があることに気づかされる。表意文字である漢字を「遅れたもの」と断じ、表音文字であるかなやローマ字を「進んだもの」とする態度である。脱亜入欧をスローガンに、不平等条約の改正をめざして、鹿鳴館で毎夜踊っていた時代だから、欧米列強に追いつくことが至上命令である。このような社会情勢のもとでは、欧米で使われているローマ字が、当時の人の目に進歩と文明開化のシンボルと映り、欧米列強にいいように蹂躙された清国すなわち中国由来の文字である漢字が、劣ったもの、遅れたものと映ったことは、たやすく想像することができる。

 なかでもローマ字論者に特徴的なのは、「文字は音声の符帳」(南部義籌)にすぎないとする、「文字道具説」である。文字が音声を書き写す単なる道具にすぎないのならば、できるだけかんたんな文字のほうがよいという議論になる。この文字道具説が、日本語には当てはまらないまちがった所説であるという点については、鈴木孝夫氏が『日本語と外国語』(岩波新書)やその他の著書で意を尽くして述べておられるので、ここでは繰り返さない。

 かなもローマ字も音を表わす文字である。国字としてどちらを採用するかを議論すると、必然的にかなとローマ字の優劣論になる。ローマ字論者は、この点でも高らかに進歩思想を掲げている。ローマ字論者の代表格南部義籌は、「以羅馬字寫國語並盛正則漢學論」のなかで「請フ假字ト羅馬字トノ便否ヲ論セン」と前置きし、「かなもローマ字も音を写す文字であることにはかわりはないが、ローマ字の方に利がある。かなは子音と母音を合わせた音を表わすが、ローマ字は母音と子音を別々に表わすことができる」という意味のことを述べている。これが「文字道具説」と表裏一体の関係にある「音素主義」の主張である。

 これが一種の進歩思想である理由は、文字の発達の歴史と関係する。文字の起源は、ものの形を写した絵文字である。アルファベットの発達を見ると、その起源はエジプトの象形文字ヒエログリフである。この文字を古代フェニキア人が、最初はそのまま表意文字として、次に音節文字として用いるようになり、そののちギリシア人が単音を表わすアルファベットになるよう工夫した。つまり、文字の進化は、表意文字から音節文字へ、つぎに音素文字へという発達過程をたどったのであり、進歩思想に照らしてみれば、音素文字つまりローマ字が最も「進化した」文字だということになる。

 

理想言語計画から見た漢字

 目を西欧に転ずると、理想言語計画がさかんになる一七世紀には、これとはまったく逆に、漢字こそ理想の文字だとする説が行われていた。フラシンスコ・ザビエル、マテオ・リッチら宣教師の東洋からの報告により、中国事情がヨーロッパに広く知られるようになったのが、直接のきっかけである。ニコラ・トリゴーの『イエズス会士の中国遠征記』(一六一五年)、ゴンサーレス・デ・メンドーサの『シナ大王国誌』(一五八五年)などの著作は、当時さかんに読まれて人々の好奇心を刺激したようである。

 メンドーサの報告にいち早く反応したのが、フランシス・ベーコンである。ベーコンは『学問の進歩』(一六〇五年)のなかで、次のように述べている。

 

「シナや極東の王国では、一般に文字をも語をも表わすのではなく、事物あるいは観念を表わすような、実物符号で書くのがならいになっている。そしてそれゆえに、たがいに相手の言語を理解しない国々と地方が、それにもかかわらずたがいに相手の書き物を読むことができるのであるが、それは符号のほうが言語の及ばぬほど広い範囲に了解されるからである」(服部英次郎、多田英次訳、岩波文庫)

 

 この引用の「言葉がちがっても文字を書くと理解できる」という漢字の特性は、マテオ・リッチの報告にも、ダ・クルスの『中国誌』(一五六九年)にも言及があり、当時のヨーロッパの人たちにはよほど特筆すべきことと映ったようだ。それも当然である。英語しか話せない人とイタリア語しか話せない人が、目の前の紙にアルファベットを書いて意志を通じ合うという場面は想像できない。アルファベットは一文字だと、bとかsのようにただの音であり、意味を汲み取ることはできない。fioreのように単語を書くと、イタリア語で「花」の意味になるが、これはイタリア語を理解する人にしかわからない。文字だけで意志を通じる方法はないのである。

 漢字文化圏の私たちには、筆談という方法がある。最近ではテレビの烏龍茶のコマーシャルで、井上陽水が台湾の茶館で茶を運んできた美しい中国娘にやっているあれである。画面をよく見ると、手帳に漢字を並べて、「日本に行かないか」とナンパしている。筆談できるということは、当時のヨーロッパの人たちには、漢字のすばらしい特性と見えたのである。

 ちなみに、ベーコンが右の引用のなかで、漢字が「文字をも語をも表わすのではなく、事物あるいは観念を表わす」としているのは正しくない。漢字は表意文字と呼ばれることが多く、この文章でもわかりやすいようにそれを踏襲してきたが、実際には漢字の多くは形声文字であり、意符が意味を表わし、音符が音を表わす。例えば「糖」という字は、偏の「米」が「穀物に関係する」という意味を、つくりの「唐」がt'angという音を表わしている。漢字は全体として概念(=意味)を表わすのではなく、語(言語学ではより厳密に形態素という)を表わすので、最近では「表語文字」logogram と呼ばれている。

 現代言語学の知識をもって、ベーコンの誤解を指摘することにはそれほど意味がない。重要なのは、ベーコンの目には漢字が「事物や観念を表現する」理想の文字として映ったという点である。手の届かない恋人を現実以上に理想化することがあるが、それと同じである。なぜベーコンにとって、文字が音ではなく、「事物や観念を表現する」ことがそれほど重要なのだろうか。

 

ことばは事物を正しく表わすか

 パオロ・ロッシの快著『普遍の鍵』(国書刊行会)によれば、それは「ベーコンのことば嫌い」に由来するという。ベーコンにとってことばとは、私たちとモノのあいだに立ちはだかるものであり、私たちがモノを直接に把握することを妨害するものである。このような考え方を、私は「言語=色眼鏡説」と呼んでいる。色眼鏡は視界をある色に染めてしまい、私たちが世界をありのままの色で見ることをさまたげるからである。ベーコンによれば、ことばのなかでもモノの名前を表わす単語は比較的ましで、次は動作を表わす単語で、いちばんよくないのは性質を表わす単語だという。彼が『新オルガノン』で槍玉にあげるのは、「湿った」という単語である。タオルに二三滴水が落ちても「湿っている」と言えるし、もっとたくさんの水に濡れても「湿っている」と言える。ようするに、ことばが現実の事態に正確に対応していないのである。ベーコンにとっては、「ものの実質のほうがことばの美しさよりもまさっている」のであり、後世のダルガーノの言葉を借りれば「記号の術は事物の術に従わなくてはならない」のである。

 ベーコンのこのような言語批判を読むと、時計の針を逆転したような奇妙な既視感に襲われる。アメリカの言語学者ベンジャミン・リー・ウォーフ(一八九七年-一九四一年)をつい連想してしまうのである。ウォーフは師のサピアとともに、今日「サピア・ウォーフの仮説」として知られる言語観を提唱した人である。彼は『言語・思考・現実』(講談社学術文庫)のなかで、「空の」emptyという単語を批判している。ウォーフは長らく保険会社に勤めていた関係で、火災事故が発生する原因に注目した。ふつう火災は、火の不始末とか電気の配線の不備のような物理的原因で発生すると考えられているが、ウォーフは言葉が火災を生み出す事例があることに驚いた。ガソリン缶のそばでは、人はふつうタバコを吸うことを控える。だが「空の」ガソリン缶のそばではそうではない。「空の」という言葉から、「何もない」というまちがった意味を汲み取ってしまい、揮発性ガスの充満した缶のそばでマッチをすって、爆発を引き起こしてしまうのである。emptyという言葉にだまされたのだ。

 言葉が人をだますというウォーフのこのような議論は、ほぼ同世代のもうひとりの言語学者アルフレッド・コージブスキー(一八七九年-一九五〇年)を連想させる。コージブスキーは主著『科学と正気』(一九三三年)で一般意味論を提唱し、その教えは弟子のS.I.ハヤカワの『思考と行為における言語』(一九五一年)によって広く知られるようになった。一般意味論の骨子をなす「非アリストテレス的思考体系」は、SF界の巨匠ヴァン・ヴォークトが名作『非Aの世界』『非Aの傀儡』で縦横無尽に展開したのだが、その話をするだけの紙幅がないので、本題に戻ろう。

 先にあげたベーコンの引用で、「実物符号」と訳されている real characterという表現は、その後多くの人に使われるようになり、一七世紀イギリスの理想言語計画のキーワードになった。real characterは、ロッシ『普遍の鍵』では「実在記号」、ノウルソン『英仏普遍言語計画』(工作舎)では「真正の文字」、武田雅哉『蒼頡たちの宴』(筑摩書房)では「真正記号」と訳されている。エーコ『完全言語の探求』(平凡社)では「即物的記号」と訳されていて、この訳語の選定には花田圭介氏の示唆があったことが訳者あとがきに記されている。

 D.CramとJ.Maatの共著George Dalgano on Universal Language(オックスフォード大学出版局, 二〇〇一年)は、ウィルキンズと並ぶ理想言語の提唱者であるダルガーノの主著Ars signorumの英語訳とその他の著作をまとめた労作だが、その解説のなかで、real characterはvocal characterと対立する用語だとされている。vocal characterは、アルファベットのような表音文字のことである。それと対立するreal characterは、音ではなく「概念」あるいは「事物」をさす記号と考えられる。「即物的記号」という訳語は、このような背景を汲んだものだろう。「実物符号」という訳語も同じ配慮からである。表音文字を仮に「音符」と呼ぶなら、real characterは「事符」と呼べるかもしれない。英語のrealは語源的には、ラテン語で「事物」を意味するresに由来するからである。

 

鏡に映った漢字

 明治時代の日本では、漢字は非合理的で遅れたものであり、教育と学問の進歩をさまたげる張本人であるかのように、言いたい放題の扱いを受けた。ところが一七世紀のイギリスにおいては、逆にアルファベットが非難の的になり、理想言語を作ろうとした人たちは、漢字に熱いあこがれのまなざしを送っていたのである。まことに奇妙な逆転現象というほかはない。

 当時の人たちには、アルファベットで書かれた英語の単語は、あまりにその単語が表わす事物(=概念)とかけはなれているように感じられたのである。英語では「松」はpine、「樅」はfir、「杉」はciderというが、すべてに共通する「木」という分類的特徴は、単語のどこにも表現されていない。ところが対応する漢字を見てみるがよい。「松」「樅」「杉」には、意符である「木偏」が含まれていて、すべて木の種類であることが一目でわかる。

 鮨屋に入ると、表面にびっしり漢字を書いた湯飲みが出されることがある。すべて魚偏の漢字である。「鯛」「鰯」「鮪」くらいは誰でも読めるだろう。「鱚」「鱸」「鯲」となるともういけない。「きす」「すずき」「どじょう」と読むのだが、驚くべきことは、意味はおろか読み方すらわからなくても、これらの漢字が魚の一種を表わすか、魚に関係があることはわかるのである。

 これは概念の普遍的分類に基づく理想言語を構想した一七世紀の人たちが目標としたことにほかならない。さきに名前をあげたダルガーノの普遍言語では、nが「物理的な」、ηが「ひづめの完全な」、kが「陸にすむ」を表わし、これらを結合したnηkeは最終的に「ロバ」を表わすことになっている。nとηとkという記号は、漢字における偏のようなはたらきをしているのである。

 当時のイギリスの人たちが、そのしくみを模倣するほど漢字の知識を持っていたとは思えない。だができたものを見ると、結果的に漢字とよく似たしくみのものになっている。これが彼らのめざした real characterであり、漢字がその理想を実現したものとして考えられていたことは、もう少しその意味するところに思いをいたしてもよい事実かもしれない。

           『すばる』平成14年12月号 pp.232-238