生きている者らに汗は流れつつ静かな石の前に集うも
           松村正直『午前3時を過ぎて』
 「生きている者」とわざわざ言うことにより、その背後に「死んだ者」の存在が浮かび上がる。ここに言葉の不思議があると私は深く思う。生きているから真夏の炎天下に集う人々に汗が流れる。死者は汗をかかない。「静かな石」も不思議な表現で、石は声を出したり音をたてないので本来静かである。それをわざわざ「静かな石」と置くことにより、普通の石よりもさらに静けさをまとう特別な石であることがわかる。もちろんこれは墓石を指す。この一首に込められているのは死への思いである。私はこの歌集から死への思いを強く感じ取った。
 『午前3時を過ぎて』(2014年)は、『駅へ』(2001年)、『やさしい鮫』(2006年) に続く松村の第三歌集で、第一回佐藤佐太郎短歌賞を受賞することが決まったそうである。評論集『短歌は記憶する』で第9回日本歌人クラブ評論賞も受賞している。大所帯の結社『塔』の編集長を務め、短歌実作・評論の両方で活躍しており、油の乗った年齢に差しかかっていると言えるだろう。
 短歌は文体である。その点から言えば、松村は第一歌集『駅へ』、第二歌集『やさしい鮫』から今回の第三歌集『午前3時を過ぎて』へと到る過程で大きく変化した。
温かな缶コーヒーも飲み終えてしまえば一度きりの関係 『駅へ』
波音に眠れないのだ街灯が照らす私も私の影も
ああ君の手はこんなに小さくてしゃけが二つとおかかが三つ

地上なるわれとわが子のさびしさを点景としてカラス飛びゆく
                   『やさしい鮫』
明るすぎる蛍光灯に照らされてわが肉体は影を持たざり
踊り場の窓にしばらく感情を乾かしてよりくだりはじめつ
 一所不住のフリーター生活をして日本全国を旅していた『駅へ』の時代には、口語が中心で短歌的修辞も希薄だったが、第二歌集では文語が基本となり、叙景と叙情とが一首の中に案分して配され、清潔で端正な短歌的文体へと変化している。第三歌集もその延長上にあるのだが、松村の個性がよりはっきりとして来たように感じられる。その第一は、感情の起伏がある揺れ幅を決して超えないこと、その第二は、日常のなにげない経験をただ表面的に描くのではなく、その内奥へと柔らかに入り込む心の動きである。
右端より一人おいてと記されし一人のことをしばし思うも
最後尾と書かれし札を持つ人を目指して行けば後退りゆく
ありふれた老女となりて演壇を降りたるのちは小さかりけり
抜きながらさらに外から抜かれたる自転車あわれ順位を変えず
ひっそりと長く湯浴みをしていたり同窓会より戻りて妻は
 いずれの歌においても詠まれているのは日常の些事であり、大事件はまったく登場しない。淡々と詠まれていて、身を捩るような悲しみも、火を噴くような怒りもない。何も感じていないわけではないのだが、感情の振れ幅がある一定の限度を超えないのである。またこれらの歌では特別な修辞や比喩が用いられているわけではなく、平易な単語と統辞を使いながらも歌のポイントがはっきりしている。
 一首目は集合写真に写っている人の説明に、右端より一人おいて3番目の人というくだりを読んで、一人飛ばされた人に思いを馳せている。飛ばされた人にも人生があり、得意な瞬間もあったのだろう。二首目では、何の行列か、最後尾に付こうと歩を進めるも、次々と人が並ぶため最後尾の札にたどり着けない。人生の比喩のようにも読める歌だが、作者の意図はおそらくそこにはないのだろう。三首目では、演壇で講演していた人が演壇を降りると、どこにでもいる小柄な老女になっていた。思わず「あるある」と言いたくなるが、心理学では威光暗示という。TVでよく見る有名人に実際に会ってみると思ったより背が低いと感じるあれである。四首目、競輪の情景か、前の選手を抜いて順位を上げたと思ったら、他の選手に抜かれてしまう。作者はそこに何かを感じているのだが、そこから転じて自分の感慨を述べることなく終わっている。五首目、長く風呂に浸かっている妻は、おそらく久し振りに同窓会に出席し、身に浴びた何かを洗い流しているのだろう。いずれの歌にも余計な説明がなく、作者の心情の吐露もない。一見淡々と経験を詠んでいるのだが、そのどこが作者の心の琴線に触れたかがよくわかる作りになっている。
 80年代は「修辞ルネサンス」(加藤治郎)と言われるくらい、いわゆるニューウエーヴ短歌を中心に修辞に工夫が凝らされた。修辞は言語の表現面であり、言語記号の表現面(シニフィアン)に注目が集まったのである。しかし時は流れ、現在の若手歌人は「一周まわった修辞のリアリティ」(穂村弘)へと雪崩を打ったように移行し、修辞は希薄になった。すでに述べたように松村の短歌にも特別な修辞や比喩は見られないので、現代の若手歌人の潮流の一角をなすように見えるかもしれないが、その見方は少しちがう。現代の若手歌人のフラットな文体は、いわば「宴の後」のフラットさだが、松村は宴を経験せず独自に今の文体に到達しているからである。同じような修辞の武装解除に見えても、歌の手触りがちがう。より正確に言うと、松村に修辞がないわけではないのだが、修辞の跡が見えないのだ。
古畳積みあげられて捨てられるまで数日を庭先にあり
橋の上にすれ違うときなにゆえに美しきか人のかたちは
空ビンの底に明るき陽はさして大型船の沈みいる見ゆ
明るくて降る天気雨 人生の曲がり角にはたばこ屋がある
店員にやさしく服を脱がされて少年となる春のマネキン
 一首目は小池光の歌集にあってもおかしくない歌だが、廃棄を待つ古畳が庭先に積まれているというだけの情景を詠っている。句跨りと「数日を」の助詞が効いている。二首目、橋は松村にとってキーワードとなるアイテムのようだが、確かに浮世絵版画などでも橋を行く人を描いたものが多い。絵になるのだろう。三首目は荒井由美の往年の歌を思い出させる。窓辺に置かれたボトルシップを詠んだものとも、空きビンを見ての想像ととってもよい。四首目はいささか雰囲気の異なる歌で、「人生の曲がり角にはたばこ屋がある」が箴言のように響く。五首目、服を脱がされて初めて少年になるという発見と、季節を春にしたのが効果的だ。
墓地に咲く花は何ゆえにこんなにもきれいでしょうか人もおらぬに
生前に続く時間を死後と呼ぶ咲ききわまりて動けぬ桜
てのひらに包むりんごの皮を剥く遠からず来る眠りのために
店の壁にかかる手形の朱の色を付けし右手はこの世にあらず
ベランダに鳴く秋の虫 夫婦とは互いに互いの喪主であること
薄日さす葉桜の道 死ののちに生前という時間はあって
ゆびさきに石の凹みは触れながらやがて読めなくなる文字たちよ
 死への思いを詠んだ歌を引いてみた。二首目と六首目は歌集のなかではずいぶん離れているが、こう並べてみると対をなす。「生前」という言葉は、誰かが死んで初めて使われる言葉である。「死後」も同様だ。ここに引いた歌のように直接に死を詠んでいない他の歌にも、静かな死への思いが流れているように私は感じた。
抱かれて五条の橋を渡りくる赤子と遭えり日の暮れるころ
「この道は八幡社には行きません」遠くラジオの演歌ながれて
入ってはいけない森へ入りゆくわれを探して呼ぶ兄のこえ
ゆるやかに左へ逸れてゆく道はどこへ行く道か地図にはあらず
 第一歌集『駅へ』に収録された「あなたとは遠くの場所を指す言葉ゆうぐれ赤い鳥居を渡る」「自転車が魚のように流れると町は不思議なゆうやみでした」という歌が私は特に好きで、すぐに覚えてしまったのだが、松村の歌にはときどきこのように不思議な異界を感じさせるものがあって、それがとてもよいと思っている。『午前3時を過ぎて』にも上に引いたような歌があり、ここにも橋と鳥居のある神社が登場している。一首目は京都の五条大橋の情景で、何の変哲もない日常的情景ながら、五条の魔力のせいかどこか怪しい雰囲気が漂う。
 本歌集が第一回佐藤佐太郎短歌賞を受賞することになったのは当然だろう。作者壮年の充実した歌集である。
2014年11月17日